うわの空日記

できれば毎朝起きたくない

花火、いまさらのサザン

一昨日は少し足を延ばして逗子の花火大会をみにいった。

鎌倉の隣駅で葉山の手前という立地だからか、それぞれの街と似たおしゃれなところがあるけれど、ほどよく人が少なくほどよく地に足のついた空気がとても好きで、逗子にはよく行く。おいしいお店や楽しいイベントもたくさんある、開拓しがいのある楽しいまちです。この花火大会も、他のどこより逗子のが良い!と、おいしいお店のきれいなお姉さんに力説されたのを覚えていてずっと楽しみにしていた。

 

朝から降っていた雨も夕方には上がったけれど、それでも時おり細かい水滴がぱらついていた。おざなりにコンビニのビニール袋を敷いて座った砂浜はしっとり濡れていた。でもそんなことも、スパークリングワインをラッパ飲みしながら焼き鳥やら焼きそばやらを食べまくっていたらすぐに気にならなくなった。お祭りらしく海岸へ向かう道には露店がたくさん出ていたのだけれど、ザ・お祭りみたいな店は少なく近隣のおしゃれな飲食店が出すしている店がほとんどで、食べ物のレベルはめちゃくちゃ高かった。

 

大して花火大会というものに行ったことがないのだけれど、これまで見てきた花火はなんの前触れもなくひゅるりと最初の一発が上がり、徐々に盛り上がって、最後はドカドカあちらこちらから景気良く上がった後はまた前触れなくふと終わる、というのがほとんどだったように思う。特にお知らせもないから終わりのタイミングが図りづらく、もう終わりかな帰ろうかなというところにまた思い出したようにひゅるひゅると新しいのが上がり始め、あ、まだだった、とか言いながら腰を下ろす、みたいなはっきりしない幕切れ。わたしと関係のないところで勝手に打ち上がり、勝手に終わっていくものを横から傍観するというのが、これまでの打上げ花火のイメージだった。

 

それでいくと昨日の花火はショーみたいにきちんと三部構成のプログラムが組んであって、アナウンスとともに始まり音楽に乗せて花火が打ち上がり、アナウンスとともにきちんと終わりが示されるのが新鮮だった。一区切りごとに見ている人が一斉に拍手をするのも初めて見た。

はじめは面食らったけれど、このショーみたいな花火も、観客の「わたし」が構成要素に入っている感じがしてとても楽しい。

 

 

クライマックスではサザンオールスターズTSUNAMIが流れ、色とりどりの花火があちらこちらからいくつも昇った。湘南の海に夏のはじめの花火、そしてサザンの組み合せは、ほとんどサザンについて知識のないわたしにもぐっときてしまって困った。実はTSUNAMIもろくに聞いたことがなくて、イントロの時点でこれ誰?とか声に出して言っていたくらいなのだけれども、あのあまりに有名なサビに差し掛かる頃にはそんなものはなかったはずの「あの夏」の思い出が呼び起こされてオーケー、日本の夏、了解、と思わされてしまった。見つめ合うと素直におしゃべりできなかったよなあ、とか、存在しないあの夏が、確かに、あったような気がしたんですよ。花火を見ると、これまで過去に見た花火の思い出が次々呼び起こされるけれど、ありえなかった夏すら、あるような気がしてくるから恐ろしい。

曲のテンポは御構い無しに破裂する花火のあの音が腹に響いて、これから夏が始まるねえ、と思った。

 

祭りの後にはしゃぐ人たちがそこここに集まっている通りを、足早に抜けながら、現実に戻るのはあっけなくて怖いなあと思った。関東はこれからまだいくらも花火がある。今年はなるべくたくさんの花火を見て、いくつもの夏を思い出そうとおもう。

 

オフィスビルの怪物

GWに高松に旅行に行き、そこで買ったチャイを淹れて飲む。熱い飲み物はそろそろ厳しいかもしれない。夏が近いから。

 

せっかくなのでなにかいいこと書きたいと、アプリを立ち上げては少し書いてやめ、また立ち上げては書いてやめ、を繰り返してる。これが続くとまたやらなくなっちゃうんだよな、と思うので、なにかしら書いておこうと思います。

 

今日は退勤後にパスポートを取りに行った。出張で必要なのです。受取と申請を別の場所でお願いしているので、今日は改めてパスポートセンターの場所を地図で調べて出かけた。

 

大きなオフィスビルの二階に、そのパスポートセンターは入っていた。ビルの一階は大きな吹き抜けになっていて、その底にはものすごく大きな水盤がある。向こう側に知り合いが立っていてもうまく認識できないくらい大きな。

底の中心に向かって緩やかなすり鉢状の傾斜がついていて、中心からは控えめな噴水のように間欠的に水が吹き出しては水面を揺らす。普通の噴水は周囲が一段高くなって水面が囲ってあり、エッジがはっきりしているから、波打つ水面とわたしが立っているこちら側は明確に違う場所なんだけれども、ここはそうではなく、床の傾斜はふと終わって何事もなくわたしたちが歩く平面に続いていた。だから、水際は足元でゆらゆらと勝手に行ったり来たりしている。

水盤の周りはいくつもベンチが置いてあって、仕事を終えた人たちがたくさん座っていた。水を見ている人もいれば、そうではない人もいた。なにげない仕事終わりの一コマなのだろうけど、異様なものと馴染んだ人たちの姿はやっぱりすこし不思議に見えた。

 

ビルに入る前、エントランスに辿り着くまでガラス張りの外周に沿って歩きながら、見るともなしに中の様子を見ていたのだけれど、もう暗くなり始める時間とはいえまだ外は明るく、建物内の様子はうかがい知れず、水盤の存在にも気づかなかった。ただ、ガラスには歩く自分の姿がうつっていた。ガラスの中のわたしの足元には、いま歩いているブロック貼りの地面が映っているはずだった。その足元に目をやると、幾何学的に整然と並んでいるはずのブロックが、うにょうにょと重たい海藻みたいに蠢いていた。

 

そんなバカなと思って、しばらく足元から目を離せずにいた。そのうちエントランスに着いて中に入り、その怪物の正体がガラス越しに見た水盤の揺れる水面だということを知る。すこし背筋が冷たくなった感覚はすぐに引いたけど、今度は別の感動に捉われて、パスポートを受け取るのも上の空だった。

 

ひょっとしたら有名な場所なのかもしれないし、どんな場所でも人は慣れてしまうんだろう。でも、あんな静かな怪物のはるか上空ではたらく人のことを思うと、やっぱり羨ましいなあ、と思いながら帰ってきた。